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身体・美術パフォーマンス
出演 窪田修/クボザイク えん塾は、ひろい意味での映像を使った身体表現のワークショップです。五感を通して表現の可能性に取り組んでいます。その成果を-窪田修/クボザイク-が舞台で試みます。 2007年12月25日[火] 会場:キッド・アイラック・アート・ホール 京王線、京王井の頭線「明大前駅」下車2分 開場19:00 開演19:30 スタッフ 吉本裕美子(音楽)、ヒグマ春夫(映像)、坂本明浩(照明) <入場料> 当日2.500円/予約2.000円/1ドリンク付 予約・問い合わせ:キッド・アイラック・アート・ホール 〒156-0043東京都世田谷区松原2-43-11 TEL.03-3322-5564/FAX.03-3322-5676 http://www.kidailack.co.jp メール予約:enjyuk@excite.co.jp 公演の詳細↓ http://enjyuk.exblog.jp http://www7a.biglobe.ne.jp/~water/enjyuk-1.html ![]()
9/19 後期のえん塾がはじまった。今日は美術や映像に興味ある人の参加だった。話を聞いていたら、突発的なハプニングが好きで、路上や美術館等でやっていたという。が、ハプニングは突発的なので持続力が無いので、じっくりとパフォーマンスをやりたくなったという。そういえば「えん塾」は、一定以上の演習を積み重ねると舞台づくりに参加できる。えん塾の紹介ページ→http://www7a.biglobe.ne.jp/~water/enjyuk-1.html
7/28(土)
森下こうえん(身体)/ヒグマ春夫(映像)/坂本明浩(照明) 7/29(日) 森下こうえん(身体)/小柳昌樹(音楽)/ヒグマ春夫(映像)/坂本明浩(照明)
「えん塾」は映像を使った身体表現の演習を試みています。今までは、紗幕に映像を投影しその空間で感じた動きをしたり、自身の動きを撮影し自身の映像とコラボをしたり、映像を使った公演の記録を観たりでした。今回は、今までの手法に加えて、「カメラの眼」を通したリアルタイム・同時性ということをもう一度見直してみたいと考えています。リアルタイムの画像が0.1秒遅れて映し出されると受ける身体はどんな反応をするのだろう。参加お待ちしています。
◎1回の演習時間を3時間とし、1日に2時〜5時と6時〜9時の2回行います。参加者は2回演習を受けることもできますが、但し2回の演習料金になります。料金につきましては、電話で(03-3322-5564)問い合わせください。 ◎参加条件、ジャンルは問いませんがカラダで表現することに、意欲のある人に限ります。 時間:1回 2時〜5時 2回 6時〜9時 定員:1回12名 前期・日程:2007年7月8日(日)/11日(水) 発表:7月28日/29日 発表会場:キッド・アイラック・アート・ホール 会場・申込先:キッド・アイラック・アート・ホール 〒156-0043東京都世田谷区松原2-43-11 TEL:03-3322-5564/FAX:03-3322-5676 詳細はE-Mailでお問い合わせください:enjyuk@excite.co.jp
6/3日の「えん塾」では、映像に猫が出演した。出演といっても映像出演であるが、自然な風景が続く映像の中に突如動物が現れるとリズムが微細に揺らぐ。このゆらぎが風景とは違う感性を刺激する。今回は、ベルリンから来日したsarahが参加した。えん塾2場面では、動いている身体を撮り自分の映像とのコラボするシーンだが、sarahは変わったことを始めた。コンビニで買って来たという「大福」を顔に一つ一つのせ、腕から手の先までのせた。大福が落ちないように動く姿は滑稽で面白い。この映像が投影されると、映像の大福をつかんで食べようとする。
5月22日(火)、奥多摩駅の改札口を出て右の方へ坂を下り、一つ目の信号を左に曲がりトンネルの手前まで行き、手前を右に曲がると「もえぎの湯」がある。温泉に1時間ほど入り、新緑に身をゆだね、休憩室で仰向けになり、30分ほど何も考えていない。外に出てぶらぶらと歩き出す。右手に階段がアリ、その先に吊り橋がある。橋の上が気持ちよさそう。橋の上に行ってみると、川がず〜と下の方を流れていて、美しく気持ちがいい。ビデオカメラを取り出しフィックスで撮る。少しアングルを変えて撮る。5月23日(水)は、えん塾の日、今回のえん塾は、自然の風景を24分映し出し、その映像空間で、映像を感じつつ動いてもらった。その映像の中に奥多摩の映像がある。勿論奥多摩だけではない。映像と生な身体の動きを見ていると、幾つかの場面でカラダと映像が融合している場面に遭遇する。これは偶然か、それとも映像の種類によるものなのか、あるいはカラダの視線・・・。つぎに、映像を使ったインスタレーション空間でのコラボの記録を見る。映像と身体との関係の面白さが少しづつ解りかけている。つぎに、15分間動きをしているところを撮る。そして、その映像を投影し、その空間で本人が動きをする。等身大以上の映像が大きさを違えて映し出されている。空間で動いていると、瞬間映像が停止した写真になる。映像の動きが停止すると、生な身体との緊張関係が強まる。もう、映像の動きをなぞったり、意識的に違ったりすることができなくなっている。映像とのコラボがはじまった。次回は、6/3(日)。
画用紙を手に持ち、マジックで自分の名前を書く、その状態をビデオカメラで撮り、リアルタイムでプロジェクターで映しだす。なあ〜んだ。というありふれたことだが、一つだけ条件がある。名前を書く時、直接画用紙を見てはいけない。映し出された映像を見て書くのである。ワークショップの合間のリラックスタイムにはいい。えん塾も3回目となると、毎回参加している人は、映像との関係がわかりやすくなっている。今回は、動いているところを15分間撮り、その映像をプロジェクターで映し出した。その空間で本人が動きをする。本人が本人の映像とのコラボだが、動きをなぞったり、違った動きをすることで、表現の幅がひろがって行くようである
次回は5月23日
えん塾を初めて2回目。どんなことをしているかというと。映像を投影して立体的な空間をつくり。その空間で感じた動きをしてもらっている。動かなくても良い。前回は舞踏家の為に制作した21分の映像を映し出しその空間で動いてもらった。次に1979年に撮影した寺山修司作演出の「犬の政治学」を観てもらった。演劇とはいえ現代の身体感とは違う身体を感じる。映像を組み込んだインスタレーションとのコラボは積極的に映像と関係を持つと面白くなると思うのだが身体の動きはそんな簡単なモノではない。映像が有ることで意味が増殖したり減少したりもする。えん塾ではこんなことを行い、7月28/29日には舞台にのせる。
「かがやける生命」1)白い紙を敷く。2)そこに横たわる。3)その人の形に切り抜く。4)その形を正面の壁に張り付ける。5)人の形にコップを並べる。6)成長している芽をみながら動きだす。
SEIMEI、生きていると云うこと、生きると云うこと、そこはドラマの連続だ。悲しい、楽しい、辛い、苦しい、恋しい・・・といったことを感じることは生きているからだ。だからといってすべての人が同じように感じているとはかぎらない。感じられない状況に置かれた人だっている。だから感じられることは幸せなことなのだ。ましてや感じたことが表現できるなんて・・・。植物の種は茶褐色の頭をしていた。茶褐色の頭を白いフィールドの上に並べた。そして水をかけて寝かせた。一日が経った。幾つかの茶褐色の頭に白いこぶが出来ていた。二日経った。白いこぶの頭の数が増えた。三日目、頭の白いこぶの幾つかは黒ずんだ緑になっていた。四日目になった。黒ずんだ緑と明るい緑の頭がランダムに寝っ転がっていた。日が経つに従って頭は変容し、時間と空間の主人公になっている。総てが同じ時間を共有しているのに、幾つかは真直ぐに、幾つかは右の方向へ、幾つかは左へ、幾つかは立ち止まりする奴もいる。自然界では個性が如実に現れるから楽しい。人の世は個性は学ぶものであったり、教わるものであったり、という自然界とは違ったシステムもある。
愛する人の為にとか、戦争で苦しんでいる人の為にとか、被災地の人の為にとか、病の人の為にとか、健康の人の為にとか、とにかく人の為に願ってアゲル。生物や植物の為にも願ってアゲル。自分の為にも願ってアゲル。まずは願いをひとりひとりが、ことばにだしてみることからはじまる。
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